トークイベントのあとがき2

 去る九月廿二日、鳥取県湯梨浜町は東郷湖にのぞむ汽水空港さんにてトークイベントの機会を得た。『つち式』の単独イベントとしては二回目である (一回目は大阪豊中blackbird booksさんにて) 。

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 前回は大阪という都会で行ったが、今回は地方ということもあって、土が身近にある環境のためか、お客さんと『つち式』の距離も近いように感じた。トーク後にはとても具体的実際的な質問が相次いで、そのことが土との関係の切実さをより印象づけた。わたしの喋りは一向に上達しないものの、多くを汲み取っていただけた気がするのは、そうした環境によるところも大きいのではないかと思う。
 汽水空港の店主、森さんからは、「全体的に生きていきたい、という気持ちをうまく言葉に表せている本」「ただ生きていくことの楽しさを書いている」と評していただき、伝えたいことがまっすぐに伝わったうれしさを今も噛みしめているところだ。
 
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トークの音声はおむすびラジオにて配信中
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 わたしが『つち式』で示したかったのは至極単純なことである。生きるという営みそれ自体が、いかに悦びに充ちたものであるか、比喩ではなく文字どおり地に足をつけた生活(生存活動!)が、本来いかに楽しいものであるか、ということだ。
 生の本来的愉悦は野良仕事を前提している。そして野良仕事にあたっては、柔と剛、慎重と大胆、能動と受動、それらを時と場合によって使いわける必要がある。つまり、あらかじめ一つの姿勢を固定して臨んでは、さまざまな顔を持つ生の悦びを全体的に味わうことができないということである。
 だから『つち式』には、そうした生のさまざまな面を、どれか一つに限るのではなく総合的に盛り込んだつもりだ。わたしたち制作陣が『つち式』のことを、一般的な意味からはやや逸脱するにもかかわらず「雑誌」と呼びならわす所以でもある。生きるうえでの本来的な雑多性を書き記したもの、として。
 
 今回の汽水空港でのトークイベントでは、この辺のことがスッと通じたという感触がある。仙人でもヒッピーでも専業農家でも何でもない人間が、ただただ楽しく〈生きよう〉としているだけの、分類しようのない雑誌としての『つち式』を、そのまま素直に受け取ってもらえた気がした。
 
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 汽水空港の森さん、トークイベントに来てくださった皆さん、ほんとうにありがとうございました。
 また遊びにいきますね。 
 

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見田宗介さんからの祝辞について

 先日、なんとあの社会学界の大御所、見田宗介さんから『つち式』に祝辞をいただいた。

一足早い高原の祝福の日々に乾杯!

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 見田さんの著作には、日々を生きるうえでも、『つち式』を書くうえでも大変に励まされ、助けられている。そんな見田さんから祝福されて、わたしは欣喜雀躍した。
 写真は、うれしさのあまり作成した栞である。オモテ面に祝辞を、ウラ面にニクオスの雄叫びシーンをあしらった。おそらく誰も気づいてくれないので言うが、これは表裏で「高原/光源の到来を告げる声」が表されており、「コウゲン」の言葉あそびが隠されている。
 
 さて、見田さんの言う〈高原〉とは、人間が文明の成果の高みを保持したまま、これ以上の「成長」を不要のものとして完了し、どんな搾取も汚染も破壊も必要のない、身近な人たちとの交歓や自然と身体との交感といった〈単純な至福〉を享受しつづける、来たるべき時代局面のことだ。
 くわしくは見田さんの著作を参照してもらいたいが、最新著『現代社会はどこに向かうか――高原の見晴らしを切り開くこと』(岩波新書)から引用して紹介する。

 幾千年の民衆が希求してきた幸福の究極の像としての「天国」や「極楽」は、未来のための現在ではなく、永続する現在の享受であった。天国に経済成長はない。「天国」や「極楽」という幻想が実現することはない。天国や極楽という幻想に仮託して人びとの無意識が希求してきた、永続する現在の生の輝きを享受するという高原が、実現する。
 けれどもそれは、生産と分配と流通と消費の新しい安定平衡的なシステムの確立と、個人と個人、集団と集団、社会と社会、人間と自然との間の、自由に交響し互酬する関係の重層する世界の展開と、そして何よりも、存在するものの輝きと存在することの至福を感受する力の解放という、幾層もの現実的な課題の克服をわれわれに要求している。
 この新しい戦慄と畏怖と苦悩と歓喜に充ちた困難な過渡期の転回を共に生きる経験が「現代」である。(17,18頁)
 ということで、畏れおおくも、「一足早い高原」として『つち式』を言祝いでいただいたのである。
 

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 わたしは『つち式 二〇一七』を書くとき、見田さんの著作の存在を終始うしろ盾のように感じていた。いわば、つち式という建築の骨格の太い支柱として、また、〈生きる〉ことが本来それ自体限りない恍惚の連続であるという確信の揺るぎない裏付けとして。
 
 『自我の起原』(真木悠介名義)からは引用もしている。
 われわれの経験することのできる生の歓喜は、性であれ、子供の「かわいさ」であれ、花の色彩、森の喧騒に包囲されてあることであれ、いつも他者から〈作用されてあること〉の歓びである。つまり何ほどかは主体でなくなり、何ほどかは自己でなくなることである。
 Ecstacyは、個の「魂」が(あるいは「自己」とよばれる経験の核の部分が)、このように個の身体の外部にさまよい出るということ、脱・個体化されてあるということである。真木悠介『自我の起原』岩波書店 第8刷 145頁

f:id:shhazm:20180914182940j:plain (『つち式 二〇一七』「米、大豆、鶏卵(、大麦)」51頁)


 さらに『自我の起原』からは、初版あとがき最後の段落の一節に習い、もじって、『つち式』のあとがき風の記事の末尾を結んだ。

f:id:shhazm:20180914183014j:plain(『自我の起原』 197頁)

 この、不可解にして、困難にして、甘美な生を、十全に生きてゆこうとする意志が、各所で芽吹きつつあると信じる。アクチュアルなもの、リアルなもの、実質的なものが、まっすぐに語り交わされはじめた(そして同時に為し交わされはじめた)時代を生きる世代たちの内に、今しも萌そうとする青青とした意志の芽を賦活することだけを願って、わたしはこのライフマガジンを世界の内に放ちたい。(『つち式 二〇一七』「十全に生きるために」102頁)

 見田さんが「逆風の中」に播かれた種子の一つの芽として、各所で萌しているであろう他の芽たちに向かって呼びかわすつもりで、わたしは『つち式』を書いた。その声を後押ししてくれる追い風のような声、誰あろう見田さんご本人からの祝福の声が届いたのだ。
 一介の自費出版雑誌には過分な栄誉だが、一層誇りをもって「高原の祝福の日々」をおくっていきたいと思う。
 
 

おれの鳥はうたっている

街をほっつき歩いてだよ、くたびれたら、こうやって休むんだ。それで一番飲みたいものを飲む。それでいいだろ?それ以上、つべこべ考えることはないよ

 八月に入ってから、本を読みたいという波が久しぶりにやってきている。
 佐藤泰志著『きみの鳥はうたえる』を読んだ。ずっと読みたいと思いながら読まずにいた小説だった。これを原作とした同名の映画が九月に公開されるということもあって、いい機会だから読んだ。 
 
きみの鳥はうたえる (河出文庫)

きみの鳥はうたえる (河出文庫)

 
 上に引用したのは、主人公「僕」の、バーでビールを飲みながらの発言である。
 若い主人公たち(二十一歳)には夢も希望も金もない。しぶしぶ働いて稼いだなけなしの金の大半を酒に費やす日々だ。不安や不満はあるにはあるものの、ともかく今はまあまあ楽しい。三人で過ごす「この夏」の停滞した日々が、だらだらと永遠に続くような気がしている。そう願ってもいる。しかしやがて、秋風が否応なく彼らの間に吹いてくる――。
 
 たしかに、ありふれた青春のありふれた表現に思える。だが二十七歳のわたしは、いまだこうした青春モノから離れられずにいる。楽しめてしまうのである。尤も歳を食ったとしても、ふりかえって懐かしむような楽しみ方はある。が、わたしは依然として彼らと同じ青春の渦中にいる者として楽しんでいるのだ。たぶん一生離れられないのだろう。このような人生は愚かで哀れでもあるが、あいにく他に生きようがないのである。
 
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 坂口安吾が『青春論』のなかで、「青春再びかえらず、とはひどく綺麗な話だけれども、青春永遠に去らず、とは切ない話である」と、生涯老成できそうもない自身の性を告白している。わたしはこの言に痛く共感する。けだし、青春は失われるからこそ美しいのであって、永続する青春などというものは悲惨なだけである。大人になれず、先に悲惨しか待ちかまえていないことを承知のうえで、なおも他に生きようが見あたらないというのは救いのない話だ。
 坂口安吾は、ある時知人に、お前は決して畳の上では死ねないと言われたそうだ。
 
自動車にひかれて死ぬとか、歩いてるうちに脳溢血でバッタリ倒れるとか、戦争で弾に当るとか、そういう死に方しか有り得ないと言う。どこでどう死んでも同じことだけれども、何か、こう、家庭的なものに見離されたという感じも、決して楽しいものではないのである。家庭的ということの何か不自然に束縛し合う偽りに同化の出来ない僕ではあるが、その偽りに自分を縛って甘んじて安眠したいと時に祈る。
 これもよくわかる。わたしも、このままふらふらと生きて、最後はみじめに野たれ死ぬのだという気がしている。そんな予感にときに疲れ、「家庭的なもの」に包まれたいと思うこともないではない。だが、もとよりそんなもので満足できる性分ではなく、そんなもので救われたりはしないのだ。第一、救われたいと思わない。むしろ、救われてはならないとさえ思っている。
 この歳にもなると、同世代のほとんどは「社会人」としてフルタイムで働いているし、結婚したという話もちらほら聞こえてくる。対してわたしはといえば、週に三日も働けばいいほうで、一日の大半を野良仕事や縁側での読書やNetflixに費やす生活をおくっている。昼間からビールを飲むことも珍しくない。まして結婚などゆめゆめ考えられぬという体たらくで、しかも、この生活を変えようという気がさらさらない。
 

一生涯めくら滅法に走りつづけて、行きつくゴールというものがなく、どこかしらでバッタリ倒れてそれがようやく終りである。

 どうしようもない。このままどうしようもなく生きて、どうしようもなく死ぬのである。わたしにとって人生とはこれしかないのだが、これでいい。ただただ死ぬまで地べたを這いつくばって生きるのみである。
 しかし一体、どうしようもなくない人生、悲惨でないような人生というものがあるだろうか。就職や立身出世や結婚などで、人生のどうしようもなさ、悲惨さが解消されるというのか。否、断じて否。 そうして人生を糊塗して済ませられるなら、わたしはとっくにそうしている。
 なにも青春を脱したと自認する人間を非難したいわけではない。むしろわたしは羨ましいのだ。あなたがたはこのまま、銘々の肩書きや名声や家庭を抱きしめて生きるがいい。わたしは声援をおくりたい。
 
 話がそれた。『きみの鳥はうたえる』がおもしろかったと言いたかったのだった。この小説には、青春のたのしさやみじめさが淡々と描かれている。ありきたりではあるが、人間が人間である以上のがれがたい永遠の主題を誠実にあつかっている。
 書くのが面倒になってきたのでこの辺でやめる。映画もたのしみである。
 

 

堕落論・日本文化私観 他二十二篇 (岩波文庫)

堕落論・日本文化私観 他二十二篇 (岩波文庫)

 

 

トークイベントのあとがき

 去る6月26日、大阪は豊中の書店blackbird booksさんにて、『つち式』*1の創刊記念トークイベントを開催した。

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【追記】

 イベント音源は録音ミスにより失われたと書いたが、参加者として来ていた友人である間宮尊が別で録音してくれていたことが判明。Podcast「おむすびラジオ」にて配信する。
 彼の天賦のマネージメント能力には目を見張る。おそらく今後、『つち式』にとってなくてはならない役割を担ってくれることになるだろう。

おむすびラジオ

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f:id:shhazm:20180701230552j:plain本をつくるひと vol.5
「十全に生きるために」
『つち式』創刊記念トークイベント

 人前で喋ることにさして苦手意識があったわけではないけれども、今回はわけが違った。自分が中心となってつくった本について何かを喋ることは、困難をきわめた。緊張のため、自分が何を喋ったのかいまいち覚えていない。おそらくは、本誌の内容や創刊に至った動機、わたしの日々の生活、里山や稲や鶏や身の回りの異種たちについて、思いつくまま支離滅裂に喋ったのではなかろうか。

f:id:shhazm:20180701230858j:plain*2

 わたしのふだんの生活は、同種である人間たちよりも異種生物たちと共にある。多分に土の上にある。そこから本誌を書いたのだが、言葉を書くとは当然社会的な行為だ。つまり本誌創刊によって、同種たちとも関わることが照準の一つである。

 今回のイベントは、その初弾であった。その精度はともかく、創刊して間もないにもかかわらず開催できたこと、しかも満席となったこと、トーク後本誌を多く買っていただけたことは、『つち式』にとってこれ以上ない十全なはじまりといえるだろう。

 

 ちなみに、このイベントの音声は録音して後日公開する予定であったが、聴いてみるとまったく音が入っていなかった。一時間半の無音。原因は不明だ。すこし残念な気もしたが、自分の拙い語りの証拠がなくなったこと、それを理由に公開せずに済んだことで、ホッとしたというのが正直なところである(もし楽しみにしていた方があればすみません)。

 

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 入稿前から本誌の取扱いとイベント開催を快諾してくださったblackbird booksさん、当日おむすびを握ってくださった豆椿さん、お越しいただいた皆さん、本当にありがとうございます。

 この半年間、本誌製作に全面的に協力してくれた、西田有輝石躍凌摩豊川聡士の三名にも、あらためて謝意を表したい。『つち式』はわたし一人では到底つくることができなかった。

 また、本誌の表紙絵や挿絵の作者であり、わたしに野良仕事の伊呂波を親身に教えてくださった、故森下正雄さんにもあらためて心からお礼を申し上げたい。

 そして、日々、田畠においてわたしに強い印象と推力と霊感を与えてくれている多くの生き物たちにも、ありがとう。

 

 

blackbird booksさん

blackbirdbooks.jp

 

季節といなり 豆椿さん

www.instagram.com

*1:生命の弾倉としてのライフマガジン

twitter.com

*2:坂、写真ありがとう

サカアキミツ / Webメディア準備中 (@ebinari) | Twitter

日記「ほなみちゃん」

十二月丗日(土)

 晴れ。

 棚田の整備、昼飯、縁側で昼寝、麦踏み、あそびにきた教え子どもと焚き火、棚田の整備、帰宅して来年用の種籾の脱穀

f:id:shhazm:20171230221454j:image(種籾の脱穀を手で行う)

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 年末ということで、人間社会はなんとなく浮ついた独特の空気になるが、里山は年末だからといって特段なにかが変わるわけでは勿論ない。冬至がすぎ、すこしづつ季節が進行しているだけだ。

 わたしは、社会よりも多分に里山側の存在であるので、やむをえず社会側に出向く(実家に帰る)ギリギリまで、里山の存在として普段と変わりなくすごしたかった。

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 のろけ話をしたい。

 稲、わが命の光、わが胃袋の炎。わが罪、わが魂。

 連日、日が暮れて帰宅してから、夕餉の前後に種籾の脱穀をしている*1。食用とはべつに、特に育ちのよく見目うるわしい株をわけて、来年の種として干しておいたものだ。

 食用と同様に足踏み脱穀機を使ってもよいのだが、それではなんとも味気ない。この手で、一本一本しごいて籾を落とせば、なんともいとおしさが込みあがる。親愛の念をこめて、彼女ら*2のことを、たとえば「ほなみちゃん」と名づけることにわたしは吝かではない。

 もはやこれはある種の恋であると認めよう。脱穀した籾の山に鼻を近づけて、さわやかな草の匂いをかげば、夏場の田植えや草取り等々、経てきた日々が偲ばれる。この多幸感は他に比類のないものだ。

 この多幸感を得ることは、全くもって合法的であるばかりでなく、なんらの文明の利器をも必要としない。身一つあれば事は足りるのである。

 ほなみちゃんのことを、生涯大切にしていきたい。

 

*1:毎食の米ももちろん自給したものだ

*2:「彼ら」でもよいがわたしは異性愛者であるから

日記「幸福の証明」

十二月十六日(土)

 曇り時々小雨。

 終日黒豆の脱穀をした。

f:id:shhazm:20171216201731j:image(十一月、熟すのが遅く、一株残した黒豆に入り日がさしていた)

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 黒豆は、先の青豆と比べて量がなかったから、全部手で莢をはずした。足踏み脱穀機を使ってもよかったのだが、手を動かしながら考えごとをしたかったし、なによりきょうは自分の手だけで事を為したい気分だった。

 焚き火の前で枝からひとつひとつ莢をむしるあいだ、わたしは独り幸福でいた。幸福——この言葉でよいのかいまいち釈然としないものの、これが幸福でなかったら一体ほかの何が幸福であるというのか。社会とは掠りもしない、社会には何も担保されるところのない、ただわたしという一匹のホモサピエンスと、その蛋白源としての大豆という植物たちとが触れ合っているだけの静かな時間が流れていた。

 手を動かしながら、わたしは今こんなにも幸福であるのに、それを知る者、見る者のいないこと、まして同様のことをする者の今やおそらくきわめて少数であることが、不思議に感じられた。ここを離れて一体どこへ行こうというのか。

 日も暮れ、夕餉をすませても、服についた煙のにおいが、わたしの幸福を証明しつづけている。

 

 

日記「何も言いたくなくなる」

十二月三日(日)

 快晴。

 ゆうべは川上村の友人宅で大豆の選別作業、そのまま泊まって、今朝十時すぎに大宇陀に帰ってくる。鶏に餌やり、脱穀した米の天日干し、黒豆の残りを収穫、昼飯、米の取り込み、草刈り、棚田の法面の修復。

f:id:shhazm:20171203213504j:image(筵にひろげて干す)

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 もう十二月である。おもえば十一月は、稲刈りからの棚田の保守点検、米の脱穀、大豆の脱穀選別*1、と、つづけざまに何や彼やあり、それらを日々淡々とこなしていたら日数が経っていたというかんじだ。次は気づけば年が明けているだろう。

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 脱穀選別をするなかで、米と大豆を手に触れまじまじと見ているからか、最近よく『星の王子さま』を思いだす。王子さまが、自分の星のバラを特別に(その他のバラと区別して)好きなのは、自分が世話をしていたからだと気づくシーン。

 米も大豆も、米と大豆であることにちがいはない。しかし、わたしにとって自分の栽培した米と大豆は、日本人一般にとっての主食や主要な蛋白源ということ以上のものを感じさせる。もはやこれらを、他の米や大豆と同等にあつかうわけにはいかない。

 おそらくこうした関わりの長さや深さが、何事においても物を言うのだろう。こんなことはアタリマエすぎるし、今さら言うのも気恥ずかしいものだが、たとえいろいろ別のことを言っていたとしても、結局はこんなにも単純なことが何よりよろこばしいのだという気もする。

 だからもう何も言いたくなくなる。

*1:あいだに尾道旅行もあった