野性奪還戰線

奈良の大宇陀に移住してきたやつのブログ

#随想

さようなら

一時の人恋しさで誰かに会ってもいいことはない。そう経験則として知ってはいるものの、こう一気に秋めいては閉口する。 大切な人を先日亡くした。 森下さん、享年九十二。 一昨年、大宇陀に移り住んだばかりの右も左もわからないわたしに、病いをおして野良…

至福の反復としての里山生活

今年も夏がきて、米作りの仕事が増えてきた。 わたしはいま、棚田に水をためるための畦塗りを順次すすめている。土と水と天気を相手に、相談し、挌闘し、懐柔し、歎願しながら、和解してゆくのがおもしろい。 (畦塗りをしてそこに大豆を播く。刈り草を乾燥…

鶏を育てて絞めて捌いて食った

先日、飼っている名古屋コーチン*1をはじめて食った。 昨年十月に雛で買ってきたから、生後約半年、この鶏種でちょうど若鶏にあたる。卵をぼちぼち産みだしたところで、こんなに早くつぶす予定はなかったのだが、調子がわるくなり*2、恢復の見込みがなかった…

米を作ってから来い

米を自分の手足*1で作っていない者の言うことは、とりあえず聞かなくてもよいとわたしは思っている。 考えてもみてほしい、生存必需品の筆頭たる食糧を、(作ろうと思えば作れるにもかかわらず)自分で作らないままに発せられる言葉とはいったい何か。米を作…

味噌を仕込んで

立春に入ったきょう、はじめて自分で作った大豆で味噌を仕込んだ*1。 大豆栽培・味噌作りは、わたしにとって米作りに次ぐ重大事である。 これら二つは、自給生活における「食」カテゴリーの仕事の最優先事項であるばかりでなく、下位を大きく引き離している…

若さの安売りについて

起きているあいだは、意識しないときでさえ、俺はずっとイライラしている。それが長く続いているせいで、アイデンティティの基調にすらなっているほどだ。 同世代への苛立ちがその最たるものである。以下はだいぶ前に書いた文章だが、さっき読み返してみて現…

「無政府米」栽培宣言

権威には楯突かねばならない。 どんなものであれ、あらゆる権威は悪である*1。権威を揮うことや持とうとすることはいうまでもなく、権威に擦り寄ることも、権威に屈することさえも、おしなべて悪である。 人の上に立つことも、人の下に立つことも、まったく…

自給行為にまつわる骨抜き問題について

きのう、鶏舎の柵の扉が完成した。その野趣に富むデザインはわれながら見事だと思っている。 そこでドヤ顔でfacebookに投稿した。 しかし、この投稿の、以前の綿花についての投稿よりも反響がすくなかったことは、ある種の「ズレ」をわたしに感じさせる。 た…

耕さない農耕

わたしが畠をするのは、農業の道を極めたいからではない。はたまた、自身の健康や食の安全を目がけているのでもない。まして商売のためでは全然ない。 わたしは、生活をある程度自給したいと思っている。そしてその先で、人間の生身と風土の側から文化を建て…

鶏舎建設まとめ

先日、ようやく鶏小屋が完成した。 おもえば、三月末に建てはじめてから五ヶ月もかかった。といっても、梅の咲きのこる時分に柱だけ立てて、それから七月末までは完全に放置していた。すぐに農繁期に入り、構っていられなかったのである。柱を立てれば、忙し…

もってこいの日

今朝、外に出てみると、昨夜の大雨が嘘のように、空は青く、空気はいやに乾いて澄んでいる。颱風10号が、この辺一帯のあらゆる湿性のものを連れ去ったらしい。地上の一切のものは洗われて、清潔にきらめいていた。 気温も低い。まるで秋だ。夏も颱風に引っぱ…

夏の夜の対流圏

大宇陀の夏の夜はすばらしい。おそらくは標高や地形の加減で、昼と夜の気温差が著しいこの土地では、夏の盛りであっても夜になれば涼しくなる。 ここでは熱帯夜になる夜はほとんどない。それゆえ夜間はクーラーなどいらない(事実、わが家をふくめクーラーを…

明日、死ぬかもしれないということ

時折、現世への、またこの生への興味がさっと引いてゆき、何をする気も起こらなくなることがある。 こういう気分はたまにやってくる。ある時はこれが鬱というやつかと思ったこともあるが、そういうものとはどうも違うらしい。気がふさぐわけではない。ただた…

ステキな行方不明

行方不明! なんと甘美な響きだろう。ニュースなどでこの一語を見聞きするたびに、僕はつねづねそう思ってきた。 われわれは生きているかぎり、日々履歴を積み上げてしまう。それは人を支えもするが、制約しもする。僕にはそれが煩わしくなって、世間からも…

数日前の暮れ方、畠にある栗の木の切り株に、セミの幼虫が這い上がってくるのに出くわしました。 種類までは不案内でわかりませんが、ものによっては十数年、土のなかで暮らすのもあるとか。あまたの危機をくぐりぬけ、満を持して地上に出てくるのでしょう。…

アレロケミカルがありあまる(日記)

前回の「日記」で、フェロモン (生物の同種個体間に作用する物質) の圏域への、わたしの欲求について触れた。わたしにとってものを書くことは、ニンゲンという同種個々体へむけた、ほとんど一方的な発信であると。そして、わたしがそうせずにいられなかっ…

日記 五月廿五日(平成廿八年)

書くということ――それが自分にとってたいへんな重要事なのだと、ここ一二ヶ月、ほとんど野良仕事にのみ時間をついやしているあいだ、感じつづけていた苛立ちによって思い知った。 わたしはこれまで、他人に見せられるかどうかの自分のなかの一線を超えたもの…

すごもりびと とをひらく

季節は二十四節気で「啓蟄」、七十二候では「蟄虫啓戸(すごもりむしとをひらく)」である。春らしい気候になり、まさに暦どおり、畠ではカエルやトカゲの姿が見られるようになってきた。 梅や椿や蕗や、その他無数の植物たちも花を咲かせ、ひしめきあい、地…

貪婪なわたしたち

わたしたちの世代は、しばしば年長の世代から「欲がない」と非難気味に評されてきた。さすがに現在ではそうした声はすくなくなったが、いまだに耳にすることもある。 そうした声に対する、わたしたちの反応ないし反論は、「ほしいものがちがう(変わった)」…

實生活に關する覺書き

もったいつけて、ヨガだ座禅だ瞑想だの(その他多くの同種行為)を生活にとりいれ、挙句これ見よがしに持ちだしているうちは、人類はまだまだなのだろう。わざわざそんな面倒なことをせねば、宇宙の原理(みたいなもの)にいまだ触れられないとは、じつに嘆…

『微花』に寄せる

去る先週の日曜日、友人でもある微花(@kasuka___)の二人のトークイベントに、なぜか突然行かねばならない気がして行ってきた。その予感はあたっていて、聴きにいってほんとうによかった。 ✴︎ 『微花(かすか)』は、社会的な分類にしたがえばリトルプレス…

破壞に關する覺書き

廃墟マニアという人たちが増えているらしい。廃墟に特有の美を見たり、好奇心から探検の対象としたり、往時に思いを馳せ諸行無常を感じたりと、人によって廃墟への興味の持ちようはさまざまだろう。かくいう私も、廃墟マニアとまではいかないが、打ち捨てら…

精神の新陳代謝

原理的にいえば、精神の新陳代謝を賦活することで、日々を奇跡の連続として知覚しうる。 米を毎日旨く感じるように、朝ごとの太陽のかがやき、夜ごとの星々のきらめき(曇りならばその雲の運行)などにも、我々は毎日感嘆できるはずなのだ。だがやはり、米を…

この世の最上の娯樂

およそ世で娯楽と呼ばれるものを、わたしは楽しめたことがない。楽しめたとしても、決してその楽しさが長続きしたことはなかった。 わたしが田舎に移り住み、多くのものを自給しようとしているのには、こうした事情が大いに関係している。 われわれの文明に…

大宇陀禮讚

今年の四月、私は奈良県宇陀市大宇陀(旧大宇陀町)に越してきたが、どれだけ大宇陀が良いところであるかをここに書きたいと思う。 ※住んでまだ一年も経っていないので事実誤認があるかもしれない。一新米移住者の正直な感想と取ってもらえれば幸いである。 …

原初的にして次なるものが萌した週末

先週末、大阪などから四名が畠を手伝いに来てくれた。 朝からひたすら豌豆を播いてゆく。 気持ちのよい晴天も手伝ってか、五人で掛かると作業はあっという間に片づいてゆく。 焚火を囲んでの昼飯。献立は、前夜に仕込んでおいたハヤシライス。 昼からも空は…

「全ては土から得られる」

きょうの私は、気持ちのいい晴天も手伝ってか、いつになく晴れ晴れとした気分だったので、休みであるにもかかわらず、気分に任せて日がな一日野良仕事に精を出した。べつに気分が乗らずとも畠はするのだが、きょうは身体がひとりでに動くかのように、夢中で…

土竜捕殺時のわが内面模様

すでにわたしは、畠でモグラを四匹捕殺しているのだが、初めてのモグラ捕獲時に書いておいた所感を掲載したいと思う。 —————— われながら見事であると思った。 少し前から、畠がモグラに掘りまくられ、植えてある各種の野菜にも被害が及んでいたので、捕獲器…