夏の夜の対流圏

 大宇陀の夏の夜はすばらしい。おそらくは標高や地形の加減で、昼と夜の気温差が著しいこの土地では、夏の盛りであっても夜になれば涼しくなる。

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 ここでは熱帯夜になる夜はほとんどない。それゆえ夜間はクーラーなどいらない(事実、わが家をふくめクーラーを設置していない家は多い)。窓を開ければ、涼風が入ってきて気持ちがいい。

(疑い深い向きのために天気予報のスクリーンショットを載せておく。f:id:shhazm:20160824211944p:image

 もっとも、日が暮れてからしばらくは、昼間の熱を溜めこんだ家の中は少々暑いこともある。が、そんな夜でも、外に出てみればもう気温は心地よいところまで下がっている。

 だから僕はよく、酒とタバコを持って家の前に座り、ぼんやりと空をながめたりしている。大宇陀は星がきれいに見えるのだ。それに最近では、コオロギのとおぼしき涼しげな虫の音も聞こえる。

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 流星が流れないかと夜空を見上げる。いっこうに流れない。注意して見ている時には流れないらしい。首が痛くなってくる。かわりに飛行機が点滅しながら飛んでゆく。

 すこし雲が出てくる。星がいくつか隠れたが、依然としていい夜だ。こんな夜には、なにか気の利いた出来事が起こってもよさそうなのに、と思う。何の気なしに吸っていたタバコを、一息味わいながら吸いこむ。ゆっくりと空気中に煙を吐きだす。すぐに見えなくなる煙になんとなく嫉妬しながら、ストレートのウイスキーを一口飲む。

 ふたたび空を見上げ、半ばそうしなければならないかのように、将来のことを考えてみる。特に代わり映えのしないいつも通りの漠然とした希望と不安とが、いやらしくまとわりつく。こんなにすばらしい夜には不釣り合いだから、それ以上考えるのはやめた。

 草履を履いている裸足が蚊にくわれる。こんな夜に、こんなチンケな痒みに気をとられることが情けないが、それが僕にとって目下最大の問題となる。痒い。将来とか、明日のことさえどうでもいい。

 やや遠くで雷光が走る。期待とは裏腹に、いつまでたっても音は聞こえない。頭上には薄い雲があるだけだ。足はまだ痒い。意識をなんとか空に向けつづけ、雲の動きを見つめる。あしたは晴れるだろうかと考えたりして。

 どうやら今夜はもう、特別なことは外部にも自分の内部にも起こらないようだ。残ったウイスキーを呷って、立ち上がる。家の中に入る直前、もう一度さっと振り仰いだが、やっぱり流れ星は流れなかった。