おれの鳥はうたっている

街をほっつき歩いてだよ、くたびれたら、こうやって休むんだ。それで一番飲みたいものを飲む。それでいいだろ?それ以上、つべこべ考えることはないよ

 八月に入ってから、本を読みたいという波が久しぶりにやってきている。
 佐藤泰志著『きみの鳥はうたえる』を読んだ。ずっと読みたいと思いながら読まずにいた小説だった。これを原作とした同名の映画が九月に公開されるということもあって、いい機会だから読んだ。 
 
きみの鳥はうたえる (河出文庫)

きみの鳥はうたえる (河出文庫)

 
 上に引用したのは、主人公「僕」の、バーでビールを飲みながらの発言である。
 若い主人公たち(二十一歳)には夢も希望も金もない。しぶしぶ働いて稼いだなけなしの金の大半を酒に費やす日々だ。不安や不満はあるにはあるものの、ともかく今はまあまあ楽しい。三人で過ごす「この夏」の停滞した日々が、だらだらと永遠に続くような気がしている。そう願ってもいる。しかしやがて、秋風が否応なく彼らの間に吹いてくる――。
 
 たしかに、ありふれた青春のありふれた表現に思える。だが二十七歳のわたしは、いまだこうした青春モノから離れられずにいる。楽しめてしまうのである。尤も歳を食ったとしても、ふりかえって懐かしむような楽しみ方はある。が、わたしは依然として彼らと同じ青春の渦中にいる者として楽しんでいるのだ。たぶん一生離れられないのだろう。このような人生は愚かで哀れでもあるが、あいにく他に生きようがないのである。
 
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 坂口安吾が『青春論』のなかで、「青春再びかえらず、とはひどく綺麗な話だけれども、青春永遠に去らず、とは切ない話である」と、生涯老成できそうもない自身の性を告白している。わたしはこの言に痛く共感する。けだし、青春は失われるからこそ美しいのであって、永続する青春などというものは悲惨なだけである。大人になれず、先に悲惨しか待ちかまえていないことを承知のうえで、なおも他に生きようが見あたらないというのは救いのない話だ。
 坂口安吾は、ある時知人に、お前は決して畳の上では死ねないと言われたそうだ。
 
自動車にひかれて死ぬとか、歩いてるうちに脳溢血でバッタリ倒れるとか、戦争で弾に当るとか、そういう死に方しか有り得ないと言う。どこでどう死んでも同じことだけれども、何か、こう、家庭的なものに見離されたという感じも、決して楽しいものではないのである。家庭的ということの何か不自然に束縛し合う偽りに同化の出来ない僕ではあるが、その偽りに自分を縛って甘んじて安眠したいと時に祈る。
 これもよくわかる。わたしも、このままふらふらと生きて、最後はみじめに野たれ死ぬのだという気がしている。そんな予感にときに疲れ、「家庭的なもの」に包まれたいと思うこともないではない。だが、もとよりそんなもので満足できる性分ではなく、そんなもので救われたりはしないのだ。第一、救われたいと思わない。むしろ、救われてはならないとさえ思っている。
 この歳にもなると、同世代のほとんどは「社会人」としてフルタイムで働いているし、結婚したという話もちらほら聞こえてくる。対してわたしはといえば、週に三日も働けばいいほうで、一日の大半を野良仕事や縁側での読書やNetflixに費やす生活をおくっている。昼間からビールを飲むことも珍しくない。まして結婚などゆめゆめ考えられぬという体たらくで、しかも、この生活を変えようという気がさらさらない。
 

一生涯めくら滅法に走りつづけて、行きつくゴールというものがなく、どこかしらでバッタリ倒れてそれがようやく終りである。

 どうしようもない。このままどうしようもなく生きて、どうしようもなく死ぬのである。わたしにとって人生とはこれしかないのだが、これでいい。ただただ死ぬまで地べたを這いつくばって生きるのみである。
 しかし一体、どうしようもなくない人生、悲惨でないような人生というものがあるだろうか。就職や立身出世や結婚などで、人生のどうしようもなさ、悲惨さが解消されるというのか。否、断じて否。 そうして人生を糊塗して済ませられるなら、わたしはとっくにそうしている。
 なにも青春を脱したと自認する人間を非難したいわけではない。むしろわたしは羨ましいのだ。あなたがたはこのまま、銘々の肩書きや名声や家庭を抱きしめて生きるがいい。わたしは声援をおくりたい。
 
 話がそれた。『きみの鳥はうたえる』がおもしろかったと言いたかったのだった。この小説には、青春のたのしさやみじめさが淡々と描かれている。ありきたりではあるが、人間が人間である以上のがれがたい永遠の主題を誠実にあつかっている。
 書くのが面倒になってきたのでこの辺でやめる。映画もたのしみである。
 

 

堕落論・日本文化私観 他二十二篇 (岩波文庫)

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